まるで 何も起きていないかのように






日は昇り、世界を照らす













A m a r a n t H









 翌日、買い物に出かけたスエアが大きな荷物を持ち帰ってきた。




「買い物に行ったら、クロム君にばったり会ってね。荷物持ち手伝ってくれるって言うから」

「スエアさんのためならっ、荷物持ちでも何でもっ!っく……」




 実質カービィ八人分の食料。しかも数日分。

 それを一人で抱えている大きな荷物、もといクロムがふらつきながらも玄関から中へ入ってきた。

 ……足が震えている気がするのは、きっと気のせいだろう。




「クロム君、どうもありがとう。もしよかったら、お礼に夕食をご馳走するわ。食べていかない?」




 スエアが、手にしたパンの紙袋を机に置きつつクロムを振り返った。

 駆けつけたメルヴェに手伝ってもらいながら、クロムは抱えた荷物を一つずつ下ろす。

 振り返ったその顔には、眩しいばかりの笑顔が浮かんでいた。




「ほ、本当ですかっ!? どうもありがとう御座います! 是非いただっ!!」

「ふざけんな。ただでさえ今月苦しいってのに、お前にやる飯なんかねぇよ。
 これもってさっさと帰れ、毛むくじゃら」




 たくさんの荷物からやっと解放されたクロムを襲ったのは、これまた大きな袋が二つ。

 つんとするような異臭を放っている。ゴミ袋のようだ。




「何しやがんだてめぇっ!」

「スエアの手伝いで来たんだろ、だったらごみ捨てて来い。そしてもう二度と来んな」

「てめぇに指図されえる筋合いはねぇっ! この、クソターバン!!」

「ターバンじゃないっつってんだろ! クソターバン言うな!!」




 もはや日課。

 不毛ともいえる言い争いをよそに、他のメンバーは、スエアでさえも早々と日常に戻っている。

 笑って喧嘩を観賞していたコクレンの帽子の裾を、隣にいたハクレンが少し後ろに隠れるようにして引っ張った。




「あ? どうしたハク? にしてもあいつらよく飽きないよな!」

「いや、それより……、アレ、誰だっけ」

「は? アレって、クロムのことか? 昨日もあいつからかって遊んだじゃん」




 少し警戒するようにクロムを伺うハクレンの目の前で、きょとんとしたコクレンが小さく手を振る。




「大丈夫か? 何、ボケたか? 嫌だぞオレ、こんな歳でボケたお前の世話するのなんて」

「なっ、そんなんじゃないよ!」




 むっとしたようにコクレンを見るハクレンだったが、すぐにふにゃと表情を崩す。

 大きなあくびを一つして、涙の滲んだ目を小さく擦った。




「ん〜……なんかお昼食べたから、眠くなっちゃった。ぼく、ちょっとお昼寝してくるね」

「ん、そうか。わかった」




 部屋に引き上げていくハクレンを見送り、部屋を見渡す。

 先程まで言い争いを続けていた二人は、既にキレたスエアによって沈められていた。

 他の人も、本を読んだりテレビを見たりベッタリしてたり杖の手入れをしていたり。

 いつもと、何も変わらない。

 先程のハクレンにつられたか、コクレンも大きなあくびを一つ溢した。




「……オレも寝よ」




 同じように目を擦りながら、部屋に向けて背を向けた。
























 コクレンが部屋のドアを開けると、ハクレンがベッドの上を散らかして何かしていた。

 うつ伏せになって、もぞもぞと昨日のプレゼントを確認してるようだ。

 その散乱するプレゼントを見て、思い出す。

 そういえば、昨日見つけたあの種はなんだったのか。




「そういやハク、昨日のあの種、カリ姉ぇなんだって?」

「種……? 何のこと……」

「だから、あの黒い種……って」




 プレゼントを手に改めて振り返ると、ハクレンはプレゼントを片手に早々と力尽きていた。

 くぅくぅと小さく寝息を立てるハクレンからは、早くもよだれが垂れている。




「ったく、そんなに眠たいならプレゼント後にすりゃいいのに」




 呆れつつ、ハクレンが手にしているクッキーの箱に手を伸ばす。

 クッキーを一つ手に取り、一通り眺めて口の中に放り込んだ。




「……ん、うま。これは毒なし、っと。ハクは食い物ばっかりもらうから、毒味が大変だぜ」




 口周りを一度だけ拭いて、ハクレンの横にダイブする。

 そのまま数秒と経たずに、二つ目の寝息が聞こえてきた。



























「ハクレンさん、コクレンさん。もうそろそろ夕食にしますよ」




 カチャとドアを開けて入ってきたメルヴェは、あまりの部屋の汚さに呆れてしまった。

 部屋のあちこちに散乱するプレゼントの包み紙。綺麗なリボンで彩られたラッピングの袋。

 あぁもったいない、ちゃんと取っておかなければ。

 部屋を散らかしている犯人達は、これまた散らかったベッドの上で向かい合うようにして眠っていた。




「ほら、二人とも起きて下さい」

「……ん、う〜ん。メル姉ぇ……?」




 意外なことに、先に起きたのはコクレンの方だった。

 珍しいこともあるものだと、メルヴェはハクレンを起こしにかかる。




「ほら、夕食にしますよ。まったくこんなに散らかして」

「……メル姉ぇ、クロムはどうなった?」

「あぁ、結局お茶だけして帰りましたよ」

「そっか。……おーいハク〜、起きろ〜?」

「ん〜……」

「夕食にしますよ。起きて下さいハクレンさん」




 それまで眠そうにもぞもぞとしていたハクレンが、動きを止めた。

 突然布団を跳ね除けて、メルヴェのことを凝視する。

 その瞳には少しの、でも確実に恐怖が滲んでいた。




「え……、なん」

「……どうか、しましたか? ハクレンさん」

「ちょ、ちょっと失礼します!」




 いきなりコクレンの手を取って部屋の隅へ。

 突然の出来事に、メルヴェもコクレンも訳が分からずきょとんとしている。




「なななんだよ、ハク! どうした!?」

「ちょっと、なんで本名ばらしてんのさ!」

「は!? なんのこ」

「だから本名! 確かにあの人たちは優しいけど、でもまだ信用できるか」

「は? ちょ、何言ってんだよ!?」




 なおも言い募るハクレンの言葉を遮って、コクレンは心配そうにその額に手を置く。




「本当にどうしたんだよ? さっきからなんかおかしいぞ、ハク?」




 その言葉が癇に障ったのか、ハクレンには珍しく、声を荒げてその手を払いのけた。




「おかしいのはコクレンでしょ!? 国を出てまだ一ヶ月も経ってないんだよ!?
 いつ何処にジョエルの兵がいるかも分からないのに、捕まったらどうするんだよ!」




 コクレンは、その言葉に愕然とする。

 払いのけられた手が地味に痛む。だが、それすらも遠く、どこか他人事のようだ。




「……は、なに、言ってんだよ? ここに来て、もう一年以上、経つだろ……」

「……何寝ぼけたこと言ってるの? まだここに来て、4日しか経ってないじゃん!」




 ……4日? 一体何を言っている? 一体、何の冗談だ……?

 あぁ、でも……冗談言ってる顔じゃ、ねえ。

 嫌に耳に付く、ドクンドクンと脈打つ音。




「あの、ちょっといいでしょうか?」

「!?」




 突然かけられた声に、双子が驚いたように振り向く。

 近寄ってきたメルヴェから、ハクレンが警戒するように一歩、足を後ろに引いた。

 メルヴェは一旦立ち止まって、優しく笑いかけながら軽く両手を上げる。




「安心してください。何も持っていませんし、何もしませんよ。
 ……貴方は昨日何があったか、覚えてますか?」

「……覚えてる、…ますよ。3日前に、衰弱していたぼくと弟を介抱してくれて、
 昨日やっと回復したぼく達は、食事をご一緒させてもらって、……自己紹介したはずです」




 仕事でも、お客を相手にしているわけでもないのに、敬語。

 メルヴェは、「自己紹介」の単語にハクレンの瞳が不安そうに揺れたのを見た。

 ……その記憶は一年以上前のもの。食卓で「ハル」「レコ」として、自己紹介を受けたはずだ。




「……どうやら、ハクレンさんは何らかの記憶障害に陥っているようですね」

「記憶、障害……?」

「えぇ、一時的な記憶喪失とか。診てみない事には、はっきりしたことは分かりませんが」

「じゃ、じゃあニヤ達に……!」

「クロムさんはもう帰ってしまったので……。とりあえずニヤさんのところに連絡してきます。
 それまでは、安静になさっててくださいね。……特に、あまり頭を刺激しないように」

「わ、わかった!」




 状況がいまいち掴めずに抗議の声を上げているハクレンを宥め、コクレンがベッドに座らせる。

 "頭を刺激しないように"。ぶすくれているハクレンの頭から、焦った様子で王冠と帽子を取った。




「―っ!? メル、姉ぇ!!」

「っ!? どうし、ま……」




 息を呑む音。振り返ったメルヴェは、ハクレンを見て声が出なかった。




「……カリファ、さん。カリファさんを呼んできてください……!」

「……なんだよ、これ」

「……早くっ!」




 その言葉に突き動かされてやっと、足をもつれさせながらコクレンが部屋を出て行く。

 それを不安そうに見送るハクレンの頭には、芽が一つ生えていた。













非日常。非常事態。






そしてはじめて、平和と後悔を知る


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